佐藤二朗の出身地はどこ?大学時代など若い頃のエピソードもやっぱり爆笑!

佐藤二朗、出身地テレポート

味のある演技でお茶の間に笑いを誘う佐藤二朗さん。

脇役には欠かせない佐藤二朗さんの出身地は愛知県だそうですが、大学はどこに進んだのでしょうか。

出身地が愛知県の佐藤二朗さんが、なぜ役者の道にいったのか、幼少期~大学時代など学生時代のエピソードをみていきましょう。

佐藤二朗の出身地や実家はどこ?

[voice icon=”https://hamame.xyz/wp-content/uploads/2020/04/疑問.jpg” name=”” type=”l girl”]佐藤二朗さんの出身地ってどこなの?[/voice]

佐藤二朗さんの出身地は愛知県春日井市ですが、4歳からは愛知県東郷市で育っています。

現在の実家の話は出てきませんが、変わっていなければ愛知県東郷市にいるのかもしれません。

佐藤二朗さんのお父さんは住宅関連会社の独身寮で寮長をしているようですが、現在佐藤二朗さんの年齢を考えると寮長は退職や引退をしていてもおかしくない年齢になっていると思います。

寮を出て自宅を購入されたのかもしれませんね。

もしかしたら、佐藤二朗さんがご両親に自宅を建ててあげたかもしれません。


優しい雰囲気の佐藤二朗さん、今までのご両親の苦労を見てきているので、その可能性は高そうですね。

佐藤二朗の実家両親の職業や家族構成は?

佐藤二朗さんの実家の両親の職業は何をなさっていたのでしょうか。
佐藤二朗さんのお父さんの職業は、住宅関連会社の独身寮の寮長をされていたようです。

寮長であることから、佐藤二朗さんの一家はそのままその独身寮に住んでいたようです。
なので、お母さんも寮長のお父さんのサポートをしていたのかなと想像できますね。

実家の家族構成はお父さん、お母さん、お兄さん、佐藤二朗さんの4人家族です。

佐藤二朗さんのお兄さん、佐藤二朗さんと似ているのでしょうか。

今は、俳優業、脚本家として忙しい佐藤二朗さんですが、兄弟でなかなか会う機会が少ないかもしれませんね。たまに会うことができれば、男同士で会うのも楽しみの一つですよね。

佐藤二朗幼少期のエピソードもある?

佐藤二朗さんの幼少期は、甘えん坊な性格だったそうです。
でも、男の子って女の子より母親に甘えることが多いかもしれませんよ。

佐藤二朗さんの家族構成をみても上にお兄ちゃんがいるので、自然と甘えん坊になったのかもしれませんね。

あるバラエティ番組では、


「佐藤二朗さんは小さい頃はかなりの甘えん坊で、母親に300万円と僕どっちが大事?と聞いていた」

というエピソードが暴露されています。

子ども時代の話なので、本人は「覚えていない」とのことです。
お母さんとしては、生涯忘れならないエピソードだったことでしょう。

でも、300万って言葉はどこからきたのでしょうか。大人の話かテレビからだと思いますが、お母さんもびっくりだったことでしょう。

佐藤二朗さんの息子さんの名ゼリフも話題になりました。


佐藤二朗さんの息子「ぼくのかこ、しらないでしょ!」
佐藤二朗さん…  「‥いや、しっているよ‥」と、思わずとツッコミを入れたくなる佐藤二朗さんだったのではないでしょうか。

佐藤二朗の出身小学校、中学校、高校、大学など学歴は?

佐藤二朗さんの出身小学校から、中学、高校、大学とみていきます。

佐藤二朗さんは、出身地は愛知県春日井市ですが、その後で引っ越されたようで愛知県東郷市で育ったようです。


出身小学校は、東郷町立高嶺小学校です。


佐藤二朗さんの小学校時代は、活発で落ち着きがなく運動神経がよい子供だったようです。

そのころから学習発表会の語り部で芝居の面白さに気づいた佐藤二朗さんは、俳優になりたいと思い始めていたようですね。

出身中学校は、東郷町立東郷中学校です。


ここでは、部活はテニス部に所属していたようです。
運動神経がよかったので、よい成績が残せたのではないでしょうか。

出身高校は、愛知郡東郷町にある愛知県立東郷高等学校です。


みんな佐藤二朗さんの地元から近い学校ばかりですね。

地元には、たくさんの友人がいることでしょう。

佐藤二朗さんの出身大学は、信州大学経済学部になります。


暗黒の時代だったと大学時代のことを話す佐藤二朗さん。
アルバイトに精を出し部活などは特にしていなかったみたいですね。

佐藤二朗は大学時代や若い頃から面白い?1日で退社の真相は?

佐藤二朗さんは、コミカルな演技が大変似合うことから大学時代や若い時から面白いことが大好きだったのではと想像できます。

大学生だったときの就職活動では、バブル期だったにもかかわらず25社連続で失敗をしているそうですが、それには佐藤二朗さんの面白さ、素直さが影響しているようですね。

佐藤二朗さんは、大学在学中から役者になりたい夢をもっており、就職活動の面接のときに


「いずれ役者になりたい」等のことを伝えたそうです。

それは会社の面接官としても雇用できなかったのではないでしょうか。

結局、佐藤二朗さんは、バブル期でも就職活動に苦戦しますが、リクルートに入社を果たします。

リクルートは一部上場企業の大会社ですが、たった1日で退職してしまいます。

その真相は「リクルートの雰囲気が体育会系だったのが嫌だった」とのことだそうです。

佐藤二朗さんには体育会系が合っているような気がしたのですが、それは佐藤二朗さんの雰囲気がそう思わせたのでしょうか。

大学でも部活には入らず、アルバイトに精を出していたようです。

しかし、リクルートには多くの同期がいたと思われますが、佐藤二朗さんがリクルートの社内報の表紙に起用されているのは面白いところです。

佐藤二朗さんは、俳優として何か光るものがあったのでしょうね。

佐藤二朗の役者としての経歴は?

今や全国区として活躍している佐藤二朗さんの経歴をみていきます。

佐藤二朗さんは、1996年演劇ユニット「ちからわざ」という劇団を創設

佐藤二朗さんは、平日は仕事、休日である土日を利用して、脚本の執筆や稽古に明け暮れていたとのこと。

劇団「ちからわざ」と仕事を掛け持つ中、演出家の鈴木裕美から声が掛かり、劇団「自転車キンクリート」に入団することを決意。

  • 「劇団・自転車キンクリート」に入団し、『怖い日曜日』でドラマ初主演。
  • 30歳目前の佐藤二朗さんは入団決定と同時に勤務先を退職する。
  • 30歳くらいから役者の仕事が増えてくる。
  • 映像ディレクター・堤幸彦が舞台を観劇していたことを縁に、佐藤二朗さんは堤幸彦の作品に起用されることになる。
  • 映像ディレクター堤幸彦に、本木雅弘主演の『ブラックジャック』(TBS系2000年)に出演する。たった1シーンだったが、堤幸彦をうならせた。
  • 『ごくせんシリーズ」に出演。

その後も、

  • 『電車男』『夜王』に出演。
  • 『勇者ヨシヒコシリーズ』(テレビ東京系)で仏の役。
  • 『偽装の夫婦』(日本テレビ系)でオカマ口調の手品師の役。
  • 2009年映画で『幼獣マメシバ』で主演。同年、高視聴率をマークしたドラマ『JIN-仁-』(TBS系)で漢方医の役として出演。

そして、ドラマ『JIN-仁-』で佐藤二朗さんは顔を知られ全国区になりました。

佐藤二朗さんは脚本家としても活動しており、『ケータイ刑事 銭形泪』や『恋する日曜日』などを手掛けています。

2020年1月『シロでも、クロでもない世界でパンダは笑う』に
清野菜名さんと横浜流星さんと共演が決まっていて、非常に楽しみですね!

佐藤二朗プロフィール 

佐藤二朗さんのプロフィールをみていきましょう。

本名  :佐藤二朗(さとうじろう)
生年月日:1969(昭和44年)年5月7日生まれ
血液型 :A型
身長  :181センチ
出身地 :愛知県春日井市
出身高校:愛知県立東郷高等学校
出身大学:信州大学 経済学部
職業  :俳優、脚本家、映画監督
事務所 :フロム・ファーストプロダクション所属

出身地の愛知県春日井市ですが、育ったのは愛知県東郷市だそうです。

佐藤二朗の出身地はどこ?大学時代など若い頃のエピソードもやっぱり爆笑!まとめ

佐藤二朗さんは、若いころから役者になる夢をもち大学に入ってからも役者を目指しますが、なかなか芽が出ずに20代のころは苦労していますね。

しかし、粘り強く少しでも役者の道にいたことから、監督に才能を見出され今の佐藤二朗さんがあります。

今の佐藤二朗さんは、年齢を重ねることで役者としての演技も幅ができ生き生きと輝いていますね。

見ているだけでも明るくなる佐藤二朗さんの楽しい演技を期待したいですね。

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